隣人のひとり言

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2006年 12月 20日

沢山寝ることは、現実を生きることとどう違うのか?



はい 最近タイトルに書いたことをよく考えます


例えば、人間が一日12時間寝ないといけなくなったら

そのときそこに 「夢」「現実」の違いに価値の差は生まれるんだろうか?と。


僕らは寝ると夢をみます

「最近夢見ない」なんて台詞を言う人がいますが、
人は寝ていると、ある周期で必ず夢をみています。

ただ覚えていないだけで、必ず見ます。

起きたときに覚えている夢は、その直前まで見ていた夢だけで、
寝始めてすぐ見た夢は忘れてしまうようです。



僕の疑問は、
「夢」でも人が生きてるし、
「夢」でも自分が登場するし、
「夢」でも世界が存在するのに、
どうして夢から覚めた「現実」の方がこんなにも具体的感情をともなうのか、
ということ。



ひとつ 聞きたいのですが?

いま、ここで生きていて、
「現実」の中で僕らは「夢」の話をしますが、
じゃあ逆に、「夢」の中で、
その世界とは違う「現実」の世界があるんだ
と意識したことがある人はどれくらいいますか??



おぼろにしか覚えていない「夢」だから
もしかしたら意識もしてるのかも知れないですが、
その記憶を持って目覚めることはない、と思いませんか??


「夢」の方が、完全に独立、孤立した世界で
それが故に完成された世界なんじゃないか、
そう思えることがあります。

他をよせつけない、ひとつの内なる世界といいますか・・


なんとなく精神的に「自由」な気がするんですよ。


覚えてないだけで、本当は自由な世界な気がするんですよ。


人間が一日にとる睡眠の時間が
もっともっと伸びたとして、
平均16時間寝るとしたら、
きっと「夢」の方で僕らは生きれるんじゃないだろうか?


現実が嫌いなわけじゃないし、
逃げたいと思ったこともないけど、

人間が探し求めている理想郷が
ひょっとしたら壁を一枚隔てて裏っかわの、
そんな身近なところにあって
いつも見ていたのに「よく見ていなかった」なんて言ったら
微笑ましいくらい情けないオチだなぁ〜と、思ったりしたんです☆



死後の世界ってのが
「夢」の世界だったとして
24時間睡眠の現実ということなら
僕らにとっても少しは受け入れやすい。



KIRA

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by quasi-world | 2006-12-20 10:46 | 哲学


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