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隣人のひとり言

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2004年 06月 06日

6/01 HERO

「例えば誰かひとりの命と、引き換えに世界を救えるとして、ぼくは誰かが、名乗り出るのを待っているだけの男だ」
    
言わずと知れたMr.Childrenの「HERO」の一節である。このフレーズを聞くたびに涙を浮かべて気を抜くと流しそうになるのは僕だけではないはずである。(うん?僕だけか??)
知らない人のために書いておくと、上のフレーズの続きはこんな感じになっている

「愛すべき沢山の人たちが、僕を臆病者に変えてしまったんだ」

人は誰のために強くなれるのだろうか、そう訊かれた時、あなたは誰の顔を一番最初に思い浮かべましたか?
もちろんそれは見ず知らずの誰かではないはずです。人はやっぱり自分の知っている人だけを守りたいと思うし、自分を知ってくれている人のために動いているんだと思う。
そう考えると個人の世界は狭い。悔しいくらい狭い。世界平和が来ないのも仕方ないように思えてくる。

一時期、世界平和がなぜ来ないのかを真剣に悩んだことがある。「どうしたら来るのか」ではなく、
「なぜ来ないのか」である。そしてそこにはある種の「弱さ」という敵がいた。
     
人間はどんな分け方をしても、自分と同じグループには親近感、連帯感を覚えるものである。
例えば小学生の時の事を思い出してもらいたい。体育の授業でサッカー、バレーのゲームをやった時、出席番号でランダムにチームが作られた、そこには何の意図もない。親友との番号が離れているというだけで敵同士になる。それでもそこには自分のチームと敵チームという境界線が瞬時に生まれる。60分という限られた
時間の仲間と敵である。 グループに分けられると、その分け方がなんであれ、相手を敵チームと見なす能力が人間にはある。
これを心理学用語で「ingroup bias」という。

例えばクラスでディベートをやる時、先生が何気なく引いた線がクラスを半分に分け、同じサイドの人間が仲間という意識をもたらす。
例えば海外に行った時、同じ日本人というだけで、少し距離が近くなる。
同じ関東出身というだけでもっと、同じ東京というだけで更に・・・、会った事もないくせに。
     
人には心のよりどころを自然に求める傾向があるのだと思う。そしてそれはイコール「敵」を生み出すことにもなる。
     
世界平和が来ない訳、それはこの地球がひとつのチームとして、仲間として意識、存在できるほどの大きな「敵」がまだいないからである。争うのはいつも人間同士。チームは地球の内部で作られているにすぎないから。
     
いつの日か、宇宙から侵略者が来たら、その時はじめて地球はひとつになるような気がする。
たぶんそれまでは、残念ながらこの世界に平和は来ない。

(ここに書いていることはあくまでも僕の個人的な意見で、世界中で平和の為にボランティア活動などをしている方々を非難、中傷するようなものではありません。)

by quasi-world | 2004-06-06 20:50 | 音楽


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